葉月歌会

処暑が過ぎさすがに朝夕は凌ぎやすくなりましたが日中はまだまだ冷房が欠かせません。また時折降る強い雨は雷を伴って、外出は空と相談しながらというこの頃です。

今月の歌会は新青虹九月号の巻頭、代表の川口学同人のお歌「山の風」に学びました。

・山風にさらに赤らむ渋柿のかしこく見えて揺るるときなし

・一山のところどころの渋柿のしづかに熟れてもの言はぬなり

また連載中の「歌のすすめ方」には難しそうなことは述べずにやさしい言葉遣いの内側にあるものが芸であって、内面にあるものをあからさまに露骨に述べたるものではい。自在の空間を得て奔放になることが大切である。吾を忘れて夢をみるごとく、いつまでも青年のように何かを追い求めてゆくのである。という記述があります。後に何かしら高揚感の残る魅力的なお歌ができるのですね。年を重ねられても益々若々しいお歌を、誌上にてこれからも楽しませていただきたいと思います。

 

九月号誌上より

・海ふかく眠る大和や三千の魂と自在に天翔けてあれ(金丸満智子)

・ガンジスに遺灰を流す放映の朝なり心なほ洗はれず(井口慎子)

・数多なる引揚げの人迎へにし舞鶴港に夏の灯ともる(山本浩子)

・早稲田越え吹き来る風は頬撫でて憂きこと消ゆる皐月ひと日の(中川りゅう)

・空いろの特急「しまかぜ」神ゐます杜へと梅雨の鉄路きします(中世古悦子)

文月歌会

例年よりも梅雨が長引き、大過なく台風をやり過ごしたと人心地をついたとたん猛暑日続きで、体調管理に戸惑っていらっしゃる方も多いのではないでしょうか。

歌誌八月号掲載の三重支部が所属する近畿支社の同人、中城さと子さん「清女追憶」のお歌より

平安時代の中期、一条天皇にはお二人の皇后がおみえでした。天皇が心より愛してやまなかったのは、父藤原道長の権勢によって後に座を得た彰子よりも、抜群の容姿と学識を持った定子の方です。その定子に仕えたのが枕草子の筆者清少納言、彰子に仕えたのが源氏物語の筆者紫式部であることは皆様もよくご存じのことと思います。ところが父である道隆(道長の兄)が早くに亡くなり、後立を失った定子の身の上に悲運が重なります。四人目の御子のお産の時には十分な環境が整わず、産後すぐに亡くなってしまいました。平安文学の研究者である中城さんは、この定子の人柄にとても惹かれるとのこと。

・暮れのあさ宮逝きたまふ後産をなし切る力残らぬままに

・冥土への旅路に心寂しきと残るみ歌の帳台にあり

・雲とならず葉に置く露となり見守る皇子らに心残し逝かるる

定子の悲運に深く心を寄せられたお歌です。

 

八月号より皆様のお歌を一首ずつ

・伊勢もめん商ふ店の白抜きの紺地のれんに春風ゆかす(金丸満智子)

・青かへでさるすべりの葉も光らせて五月風すぐ清水坂を(井口慎子)

・神楽観し母の感動覚めやらぬ春の夜風の涼しさ言ひつ(山本浩子)

・かの庭の主逝きしも密やかに在りし日のごと白椿咲く(中川りゅう)

・老若に埋めつくされし五条坂一すぢ奥の茶屋にすずしむ(中世古悦子)

文月歌会

例年よりも梅雨が長引き、大過なく台風をやり過ごしたと人心地をついたとたん猛暑日続きで、体調管理に戸惑っていらっしゃる方も多いのではないでしょうか。

歌誌八月号掲載の三重支部が所属する近畿支社の同人、中城さと子さん「清女追憶」のお歌より

平安時代の中期、一条天皇にはお二人の皇后がおみえでした。天皇が心より愛してやまなかったのは、父藤原道長の権勢によって後に座を得た彰子よりも、抜群の容姿と学識を持った定子の方です。その定子に仕えたのが枕草子の筆者清少納言、彰子に仕えたのが源氏物語の筆者紫式部であることは皆様もよくご存じのことと思います。ところが父である道隆(道長の兄)が早くに亡くなり、後立を失った定子の身の上に悲運が重なります。四人目の御子のお産の時には十分な環境が整わず、産後すぐに亡くなってしまいました。平安文学の研究者である中城さんは、この定子の人柄にとても惹かれるとのこと。

・暮れのあさ宮逝きたまふ後産をなし切る力残らぬままに

・冥土への旅路に心寂しきと残るみ歌の帳台にあり

・雲とならず葉に置く露となり見守る皇子らに心残し逝かるる

定子の悲運に深く心を寄せられたお歌です。

 

八月号より皆様のお歌を一首ずつ

・伊勢もめん商ふ店の白抜きの紺地のれんに春風ゆかす(金丸満智子)

・青かへでさるすべりの葉も光らせて五月風すぐ清水坂を(井口慎子)

・神楽観し母の感動覚めやらぬ春の夜風の涼しさ言ひつ(山本浩子)

・かの庭の主逝きしも密やかに在りし日のごと白椿咲く(中川りゅう)

・老若に埋めつくされし五条坂一すぢ奥の茶屋にすずしむ(中世古悦子)

水無月歌会

新青虹6月号掲載の歴史にとてもお詳しい金丸さんの「結城神社の梅」のお歌に端を発して、南北朝時代、朝廷の工房に翻弄された伊勢平氏の顛末や、斎宮の伊勢神宮への長旅、大和から山城の笠置を経て、伊賀の柘植に出て鈴鹿の関に通じた伊賀越えの事、そして平家物語を読み込んでおられる中川さんからの補足もあり、思わぬ歴史探訪の歌会となりました。

今月より参加された児島さんは伊賀出身で今も伊賀市の行事にボランティアとして多々参加なさっているそうです。中川さんも伊賀出身ということで、近々伊賀への吟行も実現しそうです。

「新青虹」6月号より

・南朝に一生ささげし宗広の魂はましろき梅と散りけむ(金丸満智子)

・祖父若く作りし梅の枝ぶりを残し影おく石も古るりけり(井口慎子)

・星条旗あぐる役所に勤めしとシベリヤ帰りの父の記せる(山本浩子)

・膝の上に増しくる重みは寝入る子のそは未来ある生命と思ふ(中川りゅう)

・微塵なる光の粒におぼろなる月へと春のくさめは止まず(中世古悦子)

皐月歌会

うれしいお知らせです。また新しいメンバーをお迎えすることになりました。5月より鈴鹿市の後藤さん、そして6月からは伊賀市の児島さんが加わって下さいます。お二人ともお歌を詠まれた経験はないのですが、日本の文化に深く興味をお持ちになり、書道・茶道・華道も長く続けていらっしゃいます。

短歌は難しいと二の足を踏まれる方が多いですが、今年2月より参加下さっている中川さんは全くの初心者でしたが、すでにノートに幾首ものお歌をメモしていらっしゃるようになりました。短歌の定型をふまえ、音調の整うのも近いように思われます。歌を詠んでみようという気持ちと少しの熱意があれば歌はあっという間にでき上がります。下手は当たり前!歌歴50年、60年の方と比べることなどナンセンスです。素晴らしい先輩方にご指導をいただき、また新しい方との出会いにわくわくしながら、ともに短歌のお勉強のできる場として青虹三重支部は活動しています。

「新青虹」5月号より

・大杉の幹にさす陽のいろすうもきよらかにして伊勢の春来ぬ(金丸満智子)

・米寿とふをみなとつとつ語りつつ奏づるピアノ軽くはづめる(井口慎子)

・ひとりごつ習ひを止めて画仙紙に写仏する手に春日さしつつ(山本浩子)

・湧きいづる暗き想ひは去りやらず原稿用紙は空しく白し(中川りゅう)

・捩れゐる太き幹には従はぬすはえ虚空にみづみづしけれ(中世古悦子)

卯月歌会

青虹の歴史は古く、途中で歌誌は「新青虹」に改名されましたが、平成最後となる四月号で通算447号となります。

月々のお歌の中にはまだまだ歌暦の浅い私などには耳慣れない表現や読み方も多く、ことに万葉集に用いられている言葉などは趣深いものがあります。

例えば

崩る → かむあがる
購ふ → あがなふ(古くはあがふ)
薔薇 → さうび
夕星 → ゆふづつ(宵の明星)
呱々の声 → 乳呑子の声・産声
いんいんと → 盛んに   等々

少しずつでも表現の幅を広げていけたらいいなと思います。

・古庭の寒気に耐へて咲きつげる椿夜ごとに月と語らふ(金丸満智子)

・歳の瀬の浜辺くまなく浄められ朝陽に寄する白波光る(井口慎子)

・母とゐて旅の思ひ出聞きてゐる心やはらぐ寒の内なり(山本浩子)

・空と海接するところ赤き点みるまに太る初日となりぬ(中川りゅう)

・しなやかに揃へる葉群をすくと伸ぶ水仙高く向き合ふもあり(中世古悦子)

卯月歌会

青虹の歴史は古く、途中で歌誌は「新青虹」に改名されましたが、平成最後となる四月号で通算447号となります。

月々のお歌の中にはまだまだ歌暦の浅い私などには耳慣れない表現や読み方も多く、ことに万葉集に用いられている言葉などは趣深いものがあります。

例えば

崩る → かむあがる
購ふ → あがなふ(古くはあがふ)
薔薇 → さうび
夕星 → ゆふづつ(宵の明星)
呱々の声 → 乳呑子の声・産声
いんいんと → 盛んに   等々

少しずつでも表現の幅を広げていけたらいいなと思います。

・古庭の寒気に耐へて咲きつげる椿夜ごとに月と語らふ(金丸満智子)

・歳の瀬の浜辺くまなく浄められ朝陽に寄する白波光る(井口慎子)

・母とゐて旅の思ひ出聞きてゐる心やはらぐ寒の内なり(山本浩子)

・空と海接するところ赤き点みるまに太る初日となりぬ(中川りゅう)

・しなやかに揃へる葉群をすくと伸ぶ水仙高く向き合ふもあり(中世古悦子)

弥生歌会

三月号の巻頭には川口学代表のお歌「声を失ふ」十首が載せられています。事故に遭われた時の様子や療養生活のつらさ、もどかしさ、その中でも看護士さんの顔立ち、声がやさしくとても癒されたことなど、お歌から多くのことが想像でき、青虹社の皆様もひと安心されたことと思います。改めて、歌には心情をより深く伝える力がある事を再確認しました。

今月の歌会も順を追ってそれぞれに発見や疑問など活発な意見交換があり、有意義な時間を過ごしました。では支部の方々の秀歌を一首ずつご紹介します。

・巨杉の幹にさす陽の色すらも平家の悲史にとけてはるけし(金丸満智子)

・かろやかに紅のもみぢ葉散らひくる庭に小春の光きらめく(井口慎子)

・ウィーンフィルの再放送の六日過ぎ日頃の暮らし始めむと思ふ(山本浩子)

・宿題を終へ兼ぬる子を慰むる下弦の月も傾きにつつ(中川りゅう)

・魔除けとてさす柊の葉の先を風花ときに掠めては消ゆ(中世古悦子)

如月歌会

山岳小説の第一人者として活躍した新田次郎は、青年時代は中央気象台に勤務し、富士観測所の交替勤務に就いた。2年半弱、青虹社の社友として107首のお歌を遺しています。その中から富士山頂の生活ならではのお歌を紹介します。富士山からは伊勢湾も見えているのですね!

・伊勢湾の見ゆる視界の遠けれどやがては暮れむしばし見つむる

・生きるのもの影だにあらぬ岩山を包みて赤く雲のかがよふ

・雲の上のすがしさを見よ曇る夜の山の下びの今宵寂しき

今月は青虹に入社はされましたが、まだ自分では歌を詠むことが難しいとおっしゃる方に先輩の方から様々のアドバイスがありました。先づは気負わず詠もうとする題材を31文字に置いてみること。焦点を少し変えれば同じ題材から幾首も歌ができ上がること等々…。青虹誌へのデビューも間近だと思われます。

「新青虹」二月号のお歌より

・海ちかく余生し月の満つる夜は校庭に棲む兎見むとす(金丸満智子)

・松の木と対話する如葉を摘める人静かなり秋空のもと(井口慎子)

・九十五歳一切自立の母のなり娘の老いの模範にしたり(山本浩子)

・天心の光かそけき月仰ぎ会うこと難き友思ひやる(中川りゅう)

・黒染という名の駅ゆ乗り合はす娘は黒きお下げ髪な(中世古悦子)

新年歌会

全国的にインフルエンザが猛威をふるう中、支部の皆様も風邪気味の方が多く、この時期予定通りに事が運べばラッキー!といえるかもしれません。

今月は不慮の事故でお歌から離れしばらく療養をなさっていらした、青虹代表の川口学氏の社友時代(19歳〜20歳)の初々しいお歌をご紹介しましょう。

・意気地なし春の怒涛に胡座してうち上げられし貝投げかへす

・人を憎む心はたぎち真暗なる夜の広さにぬけだして来ぬ

・明るめる小川の底の石群に己の孤独はふかくあるなり

何事にも純粋に立ち向かう若い感性がほとばしっています。苦しいことも悲しいこともたっぷり体験して、うまく自分をコントロールできるようになるのはとても大切ですが、大人になることで歌はどんどん平凡になってゆくのかもしれません。若い方々には是非そのピュアな心で詠んでほしいなと思います。歌にほんの少しでも興味のある方、先ずご連絡ください!